六、天妙国寺の無縁仏
天妙国寺(南品川二丁目八番二十三号)は、顕本法華宗の寺で、鎌倉時代の弘安八年(一二八五)に、日蓮上人の弟子の天目上人が開いた寺と伝えられています。
その後、長い間品川の有力者の保護を受け、室町時代の永享六年(一四一三)には、豪族品川八郎三郎国友が、この寺に領地の一部を寄進したそうです。また、天正十八年(一五九〇)に徳川家康が江戸に入る途中に、この寺に宿泊したことから、江戸幕府の将軍家の厚い保護を受けるようになりました。
天妙国寺には、大きな本堂をはじめ、立派な山門や鐘楼、広い墓地がありますが、その墓地の一角に、弔う縁者のいない無縁仏を祀る、無縁供養塔があり、この塔にまつわる不思議な話しが伝えられています。
品川浦で海苔の養殖をしている仁右衛門は、ある夜、不吉な夢で目覚めましたが、また、いつしか寝入ってしまいました。どれくらいの時間がたったのか、再び目をさました仁右衛門は、ふと近くに人のいるような気がして、部屋の隅に目をこらしました。
すると、そこに黒っぽい着物を着た武士らしい男が、胸をあらわにして、頭からびっしょり水にぬれて、寒ざむと坐っているのです。ざんばら髪が垂れ下がっている顔は、氷のように冷たく、死人のような目で仁右衛門を見つめていました。
気の強い仁右衛門は、ビクッとしながらも、じっと男の姿を見つめていると、すると、男の口元がかすかに動いたようです。
「わしは、今、あなたの海苔ヒビ(海苔の胞子を付着させるために海中に立てる雑木の枝)の中にいる。わしを助けてくれまいか。」
仁右衛門の耳に、かすれた男の声がかすかに聞こえてきました。
「うむむ。」仁右衛門は、自分の声で目がさめました。夢でした。しかも少し前に見た夢と全くおなじです。仁右衛門は、もうじっとしていられなくなって、「そうだ、すぐ船を出してみよう。」と、心に決めました。
この辺りは、品川海苔の名産地で、仁右衛門も海苔の養殖をしていました。まだ海苔採りに出るのには、早い時刻でしたが、仁右衛門は、家の者が目をさまさないようにと、そっと身支度を整えて、裏の海辺に出ました。
風は無く、波も静かでしたが、真冬の寒さが身にしみてきます。白々とした月明かりの下に、辺りは、しんと静まりかえつています。石垣に打ち寄せて砕ける波の音がザザーと聞こえて来るだけです。
海に船を滑り出すと櫓がぎいいと鳴り、水面には月の光がゆらゆらとゆれています。遠くには房総半島が黒々と横たわっています。櫓をこぎながら、仁右衛門は、続けて見た夢をもう一度思い返すと、胸騒ぎがして、海苔場に何か変わった事がなければいいがと、祈るような気持ちでした。
海苔場に着くと、一面に海苔ヒビがぎっしりと立ち並んで、ガサガサと船べりに、ぶつかる音がします。仁右衛門は、船をゆっくりとこぎながら、月明かりをたよりに自分の海苔場を次々と調べてまわりました。今年もよく育った海苔がヒビにいっぱいついてゆらゆらと、水にゆれています。しばらくの間、広い海苔場を見回りましたが、
「なんでもなかったのか。」と、ひとり言を言って、櫓をぐいと引いた時でした。櫓の先に何か当たったようです。
「ヒビの先に当たったのと、手応えが違う。なんだろう。」と、不思議に思って、船をぐるっと回して、たしかこの辺だったと船を止めると、仁右衛門は、船から身を乗り出すように海面をじっと見つめました。水にただよって、何か黒くて長いものがゆれ動いています。海苔ではない。はっと息を止め、ぐっと体を乗り出して確かめると,「わああ・・・」と、驚きの声を上げてしまいました。仁右衛門の目が捕らえたものは、海苔ヒビにべったりと髪の毛をからませた、人間の生首です。
「ああっ、この顔だ。」口許はゆがみ、開いたままの目が仁右衛門をじっと見つめています。一瞬、全身の血の気が下がる思いがして、仁右衛門は立ちすくんでしまいました。風が出てきたのか首筋が冷たい。かぶりつくように櫓を取るとしゃにむにこぎ出しました。しかし、何かに引き込まれるかのようにもう一度振り返って見ると、なぜか気持ちが落ちついてきたようです。
「よおーしっ。」仁右衛門は、不思議に度胸がつき、気を取り直して、生首を拾い上げました。
生首は、ねんごろに供養されて、無縁仏として、天妙国寺に祀られたということです。
